Asma NOTE

Years of rambling from a midlife otaku.

夢見る子供──今敏 現実と虚幻の狭間を歩む

「今敏」という名前を初めて知ったのは、前世紀の末だった。1997年の暮れ、退役の記念に一か月あまり日本を放浪していたとき、池袋のある映画館で『パーフェクトブルー』のチラシを見かけた。そこに使われていたのは、ヒロイン未麻が顔に血を浴び、氷の錐を掲げるあのメインビジュアルだった。よく見ると公開は翌年(1998年)2月末とある。どうせ初上映には間に合わないと悟り、悔しさのあまりチラシを七、八枚むしり取ってきたのだった。

Ⓒ MADHOUSE

あのとき気がついたのは、監督の名前が名字と名前を合わせてもわずか二文字という、なんとも奇妙な名前だったということだ。台湾に戻ったあと、腹いせにかき集めたチラシをオタクの先輩に見せびらかしたときには、心のどこかで「偶然、無名だけど期待値MAXの新鋭監督を発見したぞ」という得意げな気分が少しあった。ところが先輩の第一声は「えっ?今敏?ついに監督としてクレジットされるようになったのか」だった。その後あらためて調べてみてわかったのは、この二文字の奇妙な名前が、すでに『老人Z』や『機動警察パトレイバー the Movie 2』、さらには『MEMORIES』といった、私がすでに観て「神作」と崇めていた作品の中に散見されていたという事実だった。

実際に『パーフェクトブルー』を観たのは、たぶん98年の下半期だったと思う。エンドロールが流れる頃、私は恐怖で全身が震え上がっていた。すでに前述の数々の名作に今さんが関わっていると聞かされていたから、初監督作品といえども凡作ではないだろうとは思っていた。だが、予想をはるかに超える衝撃を受けることになろうとは、夢にも思わなかった。その瞬間、「これからのオタク人生で果てしなく追い続けるべき名だ」と、私は確信したのだ。

『パーフェクトブルー』は、緻密でありながら目にも心地よい筆致を通して、骨の髄まで黒く、何度観ても背筋が凍るような心理スリラーを描き出した作品だ。今敏監督のデビュー作は、西洋でも意外なほど注目を集め、カナダ、ポルトガル、アメリカなどでいくつもの映画賞を獲得した。さらにハリウッド映画『ブラック・スワン』の監督ダーレン・アロノフスキーも、この作品から大きな刺激を受けたと公言している(実際に『パーフェクトブルー』の実写化権まで購入していた)。この『パーフェクトブルー』を手がけたとき、今敏はまだ34歳にすぎなかった。

Ⓒ MADHOUSE・「千年女優」製作委員会

5年後の2002年、今敏が監督を務めた2作目の劇場作品『千年女優』が公開された。目を皿のようにして待ち望んでいたファンの私は、今度は恐怖で震え上がるのではなく、冒頭から繰り広げられる自由奔放で奔馬のごとき語り口とリズムに、ただただ口をあんぐり開けるばかりだった。

血にまみれた恐怖をまとった『パーフェクトブルー』とは異なり、『千年女優』のヒロイン・千代子が映画スクリーンを駆け巡り、数世紀にわたる「千年の呪い」を生き抜く姿は、観る者の胸を締めつける愛に満ちていた。無数の虚実が交錯する時空を縦横無尽に編み込んだこの幻想的な作品は、再び世界を震撼させ、「今敏流」と呼ばれる独自のナラティブ手法を、はっきりとした映画言語として確立させたのである。

『千年女優』は期待を裏切ることなく国内外で数々の賞を受賞し、今敏は日本を代表する、数少ない「アニメーションの巨匠」のひとりとして揺るぎない地位を築いた。

Ⓒ MADHOUSE・「東京ゴッドファーザーズ」製作委員会

当初は今敏監督の三作目はあと三、四年は待たねばならないと思っていたが、2003年下旬に『東京ゴッドファーザーズ』が公開された。今回の『東京ゴッドファーザーズ』は、前二作とはまた一線を画している。画面表現はもはや、あの虚実入り交じる「今敏流」の語り口ではないが、脚本や絵コンテ、作画のあらゆるディテールに至るまで、信じられないほど正確で完璧だった。

深層心理のサスペンスで観客を震え上がらせ、時空を越えた恋物語で感動させた後、『東京ゴッドファーザーズ』が描き出すのは、すべてを包み込む愛と奇跡である。もちろん、幸運の偶然を満載し、年末のクリスマス商戦に合わせた荒唐無稽なコメディと見ることもできる。しかしこの作品は、最も愉快で滑稽な口調で、東京という都市の最も暗い片隅を赤裸々に映し出しつつ、その闇から希望の光を放たせる作品でもある。

当然、『東京ゴッドファーザーズ』も国内外で数々の賞を受賞した。この時点で、メディアも観客も、今敏作品が受賞するのは当たり前のことだと、もはや驚かなくなっていたように思える。

Ⓒ MADHOUSE・「妄想代理人」製作委員会

『東京ゴッドファーザーズ』の後、今敏監督は突然フィールドを変え、新作の舞台をテレビメディアに移した。2004年2月、有料衛星チャンネル「WOWOW」で『妄想代理人』が放送開始となった。この作品を通して感じられるのは、今監督が「虚構と現実」というテーマを再び極限まで探求しようという野心である。全13話で構成されたこのアニメ作品は、「今敏流」のシンボルで溢れかえっている。しかし、過去の映画作品のように全篇に貫かれた一定のテンポとは異なり、各話30分のリズム感により、これらのシンボルはより自然で溶け合った形で提示され、観客はまず一見何の変哲もない奇妙な時空に「入り込み」、最後に巧妙に積み上げられた虚と実の世界が一気に目の前に展開されるのだ。

「うーん……いわゆる『炉火純青』というのは、きっとこういうことなんだろうな……」

『妄想代理人』を見終えた後、こう感嘆する視聴者は決して少なくないだろう。しかし、まさかさらに2年後には、彼が『パプリカ』という作品を私たちに届けてくれるとは、誰も予想していなかった。

Ⓒ パプリカ製作委員会

『パプリカ』は、筒井康隆が1993年に発表した小説である。今敏監督はもともと筒井康隆の大ファンであり、『パプリカ』は監督が最も愛する作品のひとつでもあった。実は、デビュー作『PERFECT BLUE』の後、監督は当初『パプリカ』を自身の第二作目として映画化するつもりであったが、さまざまな事情でそれは実現しなかった。あるとき筒井康隆との対談の機会があり、原作者本人からこの小説を映像化する許諾を直接得たことで、ついに実現の道が開かれたのである。『PERFECT BLUE』から始まり、『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』『妄想代理人』を経て積み重ねられた経験のすべてが、『パプリカ』を監督するための修行のように思える。夢を軸に描かれたこのSF作品は、監督のアニメーション創作人生における集大成とも言える傑作である。

今敏は1963年、北海道札幌に生まれ、少年時代を北海道で過ごした。1982年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に合格し、東京へ移る。今監督は筆者の母校の先輩にあたり、視覚伝達デザイン学科の直系の先輩でもある。2004年下半期、特別講師リストに「今敏」の名が堂々と掲載されており、この縁で私は同年初秋、自分にとって神様のような監督と直接対面する機会を得た。

当日のインタビューで監督は大学時代のことを語った。今敏は大学時代すでに漫画界に関わり、大友克洋をはじめとする巨匠たちの作画スタジオでアシスタントを務めていた。1984年、講談社第10回千葉徹弥賞の最優秀新人賞を受賞した作品『虜(とりこ)』は、まさに監督が学生時代に完成させた漫画デビュー作である。

2004年武蔵野美術大学が今敏特別講演のために作った冊子

大学は「技術」を教える場所じゃないんだ、本当に。大事なのは「学び方」を学ぶことだ。当時、美大を受験しようと思ったのも、将来絵で食べていければいいな、くらいの軽い気持ちで、イラストでも漫画でも何でも構わなかった。偶然漫画賞を取ったので、じゃあ漫画を描くのも悪くないか…と、そんな感じでぼんやりとこの世界に足を踏み入れたんだ。

授業をサボったのも、大学で教わることがつまらないからじゃない。プロの漫画家の現場で学べることのほうが、自分にはずっと実用的だったし、描いた作品をすぐに読者の目に届けられるのは、ほんとうに魅力的な経験だった。1※2005年、武蔵野美術大学特別講義インタビューより抜粋

《夢的化石》大塊文化 © 今敏 / 講談社

今敏は1982年に大学に入学し、卒業したのは1987年だった(授業をサボりすぎて三年生を二度繰り返したため)。1991年には美術設定、構図デザイン、原画としてアニメ作品『老人Z』の制作に初めて参加した。1994年にはアニメ業界に軸足を移すため、「漫画家・今敏」としての活動をここで封印した。

今敏の短編集『夢の化石』に収録された作品群は、今敏がアニメ業界に身を投じる以前、1984年から1989年5月までの軌跡を示している。40年以上前に、今敏はすでにデビュー作『虜』において、「現実と夢」を同一の物語の座標に置く試みを行っていたのだ。

『虜』および『Carve』という近未来を舞台とした二作品には、若き作者が成人社会の構造下にある「体制」に対して抱いた疑問が随所に滲み出ている。その「疑問」は確かに、初々しい若者の怒りの勢いを伴っている。しかし、その後の『ばか騒ぎ』『フォーカス』などの作品では、「大人の権威」が極度に茶化され、滑稽で荒唐無稽な存在として描かれている。

さらに、下半身で行動する思春期の少年が抱く、性に対する無知や好奇心、憧れも、今敏の初期作品でしばしば登場するテーマのひとつだ。こうしたテーマと「茶化す」調子は天性の相性の良さを示しているが、当時の今敏の年齢を考えると、これらの物語を構想する際に、自己を揶揄する「自嘲」の要素もかなり含まれていたに違いない。

《夢的化石》大塊文化 © 今敏 / 講談社

「茶化すこと」と「荒唐無稽さ」は、今敏作品を貫く非常に重要な特徴のひとつである。短編集『夢の化石』に収録された短編『お客様』は、おそらく彼が初めて、「日常の中の非日常」(あるいは非日常の中の日常)によって、物語に強烈なドラマ性を与えられることを自覚した作品であろう。

今敏はこの脚本手法に慣れると、荒唐無稽さと茶化すことを、さまざまな奇跡を生み出すための手段として活用するようになる。誘拐事件で幕を開ける『KIDNAPPERS』は、読者に心温まる読書体験をもたらし、一方『太陽の彼方』では、読者は起承転結など気にせず、無数の偶然を積み重ねた暴走する物語の旅に引きずり込まれるのである。

《夢的化石》大塊文化 © 今敏 / 講談社

『夢の化石』を語るにあたって、今敏のとてつもない緻密な画力に触れずにはいられない。大友克洋の『童夢』は、監督の心の中で常に「劇画史上の最高傑作2※今敏公式サイト2010年8月15日ブログ『好ましい物たちが続く』より」と位置づけられていた。そして学生時代から大友克洋のスタジオにアシスタントとして出入りしていた背景もあり、画風やコマ割り、筆致には自然と大友譜系の血筋を感じさせる。しかし今敏は、この血筋を早くから自らの創作スタイルへと発展させていた。

1988年に発表された『畏羅』という作品では、戦国時代の落ち武者を描いており、人物造形だけでなく、場面構成や動き、光と影の表現、人物の表情や小物の考証に至るまで、今敏独自の方向性が明確に見て取れる。大友級の超高密度画面を維持しつつ、彼自身のリズムとスタイルを確立していたのである。

「初期作品」というのは、多かれ少なかれ読者に「未熟な拙作集」という印象を与えがちだ。しかし、『夢の化石』に収録された作品は、硬派SFから小品の古装コメディまで題材の幅が非常に広く、画面のリズムやストーリースクリプトにおいても、ほぼすべての要素が驚くべき完成度を誇っている。講談社編集部は本書のあとがきに、こう記している――

一粒の種は、発芽し、
若木になるまで成長のスピードを緩めることはない。
しっかり根を張り風雪に耐えた成木の姿も味があるのだけれども、
生命の輝きに満ちたこの時期に勝る面白さはない。3※『夢の化石』あとがき(講談社 YOUNG MAGAZINE編集部)より抜粋

ここで言う「生命の輝きに満ちた若木」という表現は、決して比喩だけではない。読者は『夢の化石』を通じて、監督の多くの作品の原点を垣間見ることができるだけでなく、本書を通じて感じられる、尽きることのない創作エネルギーにも触れることができる。「巨匠・今敏」を形づくる要素は、私たちはすでに一枚一枚の原稿のあいだから、その片鱗をたどることができていたのだ。

『パプリカ』の三年後、2009年11月、『夢見る機械』の公式サイトが公開された。今敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ… ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいる4※今敏オフィシャル サイト 2010年8月25日の投稿『さようなら』よりとされる。常に倍々で進化する今敏作品が、このとき私たちにどのような視覚的衝撃をもたらすのか、誰もが注目していた。

しかし、2010年5月、監督は末期膵臓がんと診断され、同年8月24日の早朝、自宅で永眠、享年46歳。今敏の死は、単にアニメ界の巨匠を失ったというだけではない。視覚表現者として、彼が映画芸術にもたらした可能性と貢献は、比類なきものだった。

監督の逝去後、アニメ制作会社MAD HOUSEの社長・丸山正雄氏は、今敏との約束を守り、『夢見る機械』の制作を続行した。しかし企画は2012年にやむなく中断され、公式サイトも2013年に閉鎖された。丸山氏は2018年のインタビューで、「今の日本のアニメ界には、テイストの違った優秀な監督はいますが、今と同じ力量を持つ監督がいない。今のところ今以外では考えられず、プロジェクトを凍結し、プランで終わらせるしかなかった」と明言している。

2010年8月25日、今敏の逝去の翌日、公式ブログには監督自身の手による遺書が公開された。

四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。

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世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。
じゃ、お先に。

『夢見る機械』の公開日を待ち望むことができるかどうかは、誰にもわからない。しかし、今敏はすでにその生涯をかけて、私たちに十分すぎるほどの財産を残してくれた。

監督、ありがとう。

※タイトル「夢見る子供」は、『パプリカ』のエンディングで、ヒロイン・パプリカが主人公の粉川刑事に推薦する映画のタイトル(夢見る子供だち)からいただいています。

 theaffairs に掲載(2020/9/15)

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