私は森口博子のファンじゃない。
彼女のことを知ったのは、わりと早いほうだったと思う。おそらく九〇年代初頭、高校時代に「神奇」の先輩たちとつるんでいた頃に教えられたのがきっかけだろう。いつからだったかははっきりしないが、年末になると、尖端の「神奇地帯」編集部と大然の「先鋒アニメ」編集部が合同で、カラオケボックスで年越しイベントを開くのが恒例になっていた。
大勢の筋金入りのオタクたちと同じ部屋に押し込まれれば、その数時間は当然、ひたすら日本語の歌に浸ることになる。
森口博子のデビュー曲にして名曲として知られる『水の星へ愛をこめて』を初めて耳にしたのは、おそらく故YOKO(当時は「先鋒アニメ」誌の編集長だった)がカラオケで熱唱していたときだったと思う。『水の星へ愛をこめて』は、『機動戦士Ζガンダム』の主題歌であり、ガンダムシリーズが数十年にわたって積み重ねてきた歴史の中でも、間違いなく伝説級の一曲だ。
もう一つの代表曲にして、彼女のキャリアで最大のヒットでもある『ETERNAL WIND 〜ほほえみは光る風の中〜』は、『機動戦士ガンダムF91』の主題歌だ。まさに一気に流れを変え、彼女の歌手としての地位を頂点へと押し上げた決定打と言っていい。映画『F91』自体の評価はやや微妙なところもあるが、この曲はその年、彼女をNHK紅白歌合戦の舞台へと導いただけでなく、今でもテレビや雑誌で「歴代ガンダム主題歌ランキング」といった企画が組まれるたびに、揺るぎない一位として君臨し続けている。
別に自分はガンダムファンというわけでもない。『機動戦士ガンダムF91』は当時観ていて普通に寝落ちしたし、『機動戦士Ζガンダム』だって未だに完食したことがない。だから歌っている森口博子にも、当時はこれといった印象はなかった。ただ、曲はやっぱりいい。
オタクの先輩に強く勧められた流れで、当時まだ大学生のJTおじさんから森口博子の話をいろいろ聞かされた(ついでに杏里や松任谷由実、小比類巻かほる、森高千里なんかも)。さらに布教用とばかりに、森口と森脇健児が司会をやっていたバラエティ番組『夢がMORIMORI』の特番を録画したビデオまで回ってきた。
そこで印象に残ったのは、歌のうまさと、バラエティでの回しのうまさだった。おまけに、まだ若くてぎこちなさの残る、森口博子の弟分として活躍していた、まだ6人時代のSMAPを目にすることができた。
「このおばさん、歌めちゃくちゃうまいな。そりゃ売れるわけだよな。」
当時の自分はもちろん、この歌のうまいおばさんが、事務所から見切られかけていたことなんて知るはずもなかった。『水の星へ愛をこめて』で注目を集めたとはいえ、レコード会社は同じ年にデビューした中山美穂を推していた。『水の星』はアニメ界隈では大きな反響があったものの、一般のアイドル雑誌での森口博子の扱いは驚くほど小さかった。
歌手としてなんとか歌い続けるために、本人は必死にバラエティ番組へと活路を求め、ジャンルをまたいで活動の場を広げていった。そうやって自分の手で、従来のアイドルとは少し違う立ち位置を切り開いていったのだ。
「Ζ」や「F91」だけじゃなく、「ガンダムの歌姫」と呼ばれる森口博子が、アニメからゲームまでいろいろな作品で主題歌を担当してきたことくらいは知っている。ただ、自分は森口のファンというわけでもないので、そこまで彼女の歌手活動を追いかけているわけでもなかった。
東京でテレビを見ている側の感覚で言えば、森口博子は「よく見かけるタレントであり歌手」という存在だ。トーク系のバラエティでは、司会者と軽口を叩き合いながら、ときどきポロッと裏話をこぼす姿を見かけるし、カラオケの採点番組では95点以上を狙って歌う姿も目にする。さらに、数か月おきに放送される『はじめてのおつかい』では、司会として、画面の向こうの子どもたちに涙ぐみながら声援を送っている。
自分にとっては、テレビの中でよく見かける、歌がうまくて感じのいい、ちょっとかわいらしいおばさん――そんな存在だった。
2024年の後半、しばらくぶりにJTおじさんから連絡が来て、森口博子のデビュー39周年記念コンサートのチケットを代わりに取ってほしいと頼まれた。自分は熱心なファンというわけではないが、歌は普通に好きで、一度くらいは生で聴いてみたいと思っていた。どうせならと、妻の分も合わせて三枚まとめて手配することにした。
「森口博子」という名前を知ってから三十年以上が経って、2025年1月、都内のとある大学の講堂で、ようやく本人を生で見ることになった。正直、最初は少し不安もあった。そこまで詳しいわけでもない自分が、ちゃんとついていけるのかと。けれど一曲目が始まった瞬間、その心配はすぐに消えた。鳥の詩――『AIR』の主題歌だ。
正直に言えば、『AIR』そのものにはゲーム版もアニメ版も特別な思い入れはない。ただ、この曲はオタク界隈ではあまりにも有名すぎる一曲だ(永邦がそっち側の人間だったら、あんなこと1※2005年、シンガポールのアーティストである永邦が自身のアルバムに収録した楽曲が『鳥の詩』に酷似しているとして問題となり、台湾のファンが原作の日本の会社に告げ口した。最終的にSony BMGが公式に謝罪し、該当アルバムは回収される事態となった。にはならなかったかもしれないが)。
今回のコンサートは、森口がこれまでにカバーしてきた名曲もセットリストに入っているらしい。
案の定、『みゆき』の主題歌『想い出がいっぱい』に、『ちびまる子ちゃん』のオープニング『ゆめいっぱい』、自分はあまり馴染みのない『夢を信じて』(アニメ版『ドラゴンクエスト』のエンディング)、それに自分の日本語の原点でもある『悲しみよこんにちは』(『めぞん一刻』のオープニング)……。およそ二十曲近く歌われた中で、半分以上は知っている曲だった。
そしてデビュー曲『水の星へ愛をこめて』が流れたあたりで、気づけばもう目の奥が熱くなっていた。そう、自分はファンでもガンダム好きでもない。それでも、この一曲はもう、自分のこれまでの中にしっかり入り込んでいる。
さらに、終盤の『ETERNAL WIND 〜ほほえみは光る風の中〜』では、これまで積み重ねてきたオタク人生が一気に込み上げてきて、気がつけば涙がこぼれていた。
ラストを飾ったのは『夢がMORI MORI』。鼻も目もぐしゃぐしゃのまま、気づけば立ち上がって、「モリモリ!」と叫びながら一緒に踊っていたと思う。あの頃、JTおじさんが布教用に見せてくれた、紅白歌合戦のパロディ特番くらいしか観たことはなくて、正直『夢がMORIMORI』本編は一度も、断片すら観たことがない。それなのに、このメロディだけはなぜか体に染みついている。
私は森口博子のファンじゃない。だが、この可愛すぎるおばさんのことは、どうしようもなく好きだ。

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