日本に来てからというもの、ほとんどの故郷の味覚は自分の手で再現するしかなかった。幸い二十一世紀の帝都・東京では、ほとんどの中華食材は手に入る。ある程度の妥協(上野や池袋の輸入食材店に、南門市場レベルの品揃えを求めるのは無理というもの)と、予算を組んで金で解決する覚悟さえあれば(一個のピータンが台湾の十倍の値段でも)、なんとかして食欲を満たす方法は見つかるのだ。
子どもの頃、お正月のごちそうでいちばん楽しみだったのは、阿利婆の百頁包肉と春巻だった。どちらも特別むずかしい料理ではないけれど、その “魂”、つまり出来の良し悪しを決めるのは、正月の時期にしか買えない「冬筍」だ。そしてこれは、日本ではどう頑張っても手に入らない、ほんの数少ない食材のひとつである。春巻というのは、やっぱり揚げたてでこそ真価を発揮するもの。だから自分で春巻を作ろうと思ったら、まずはこの冬筍の代わりになるものを探すところから始めなきゃならないのだ。
もともとは、冬筍にこだわらず、手に入るものでなんとかやりくりすればいいと思っていたが、日本のスーパーで一年中手軽に買える筍の八、九割は、中国からの輸入品で、真空パックされた水煮ものだ。新鮮な筍を手に入れようと思ったら、毎年三月末から四月中旬の、わずか二、三週間だけしか手に入らない孟宗筍に頼るしかない。もし季節に左右されず、春夏秋冬いつでも春巻を食べたいなら、毎年春に一年分の春巻を作って、冷凍してためておくしかないのだ。
以下は 「2019 年度」の春巻き作りの記録だ。FB に写真をアップしたところ、周囲から「業務用レベルの春巻き工場」と揶揄された。量があまりにも多いため、材料の分量を正確に把握するのが難しく、以前は途中で筍が足りないことに気づき、筍を足すと今度は肉が足りなくなり、最後には春巻きの皮まで追加で買いに行く…… という無限ループに陥ったこともあった。まあ… あの数回の失敗のおかげで、ここ数年は分量の目安もずいぶん正確に把握できるようになった。

この年は、筍を合計で七本用意した。このくらいの大きさがちょうどよく、一本あたりだいたい¥800~¥1,000 前後だ。毎年の収穫期の終盤(4 月中旬)になると、三、四倍も大きな筍しか手に入らないこともある。本文の表紙に使った、表情を加えた写真は、妻の手によるものだ。

皮をむき、端を整えられた、スッポンポンの筍たち。

春巻きの具の食感にこだわるため、筍の千切りは当然ながら手を抜けない。私はまずスライサーで一枚ずつ極薄に切り、それから千切りにしている。

肉の千切りには、日本産のロースを使った。普段はそこまで肉にこだわるわけではなく、よく見かけるカナダ産・アメリカ産・メキシコ産でも別に構わない。でも、せっかく一年かけて少しずつ食べる春巻きなので、単価が少し高めでもいいかなぁと思った。

漬けダレにも特別な秘訣はなく、主に醤油と料理酒に、少量のごま油、砂糖、白胡椒を加える程度だ。調味料の分量は一切記録しておらず、そのときどきで適当に調整する。混ぜてみて色が足りなければ、ちょっとあれこれを足したり…… という具合だ。

半日ほど漬けた後に炒めた肉の千切り。日本一般的な家庭用キッチン(ガスコンロ)の制約もあり、家の山田中華鍋はせいぜい 30 センチしかないため、三回に分けて炒めざるを得なかった。

そして、筍の千切りを先ほどの三回分の炒め肉と合わせ、さらに三回に分けて炒めた後、すべてを一つの鍋にまとめる。これが、家で使える最大の鍋だ。

春巻きの具の水分で皮がべちゃっとならないように、包む前に具を一晩冷蔵する必要がある。スペースを確保するために、毎回(毎年)野菜室を空けなければいけない。

家で使えるボウルはすべて総動員された。「料理」工程が終わり、片付けて洗い終えた後の光景だ。

翌日は春巻きを包むことに夢中で、別途写真を撮る余裕はなかった。包み終えたら、すべて急速冷凍室に入れる。やはり完全に空にしておかないと絶対に入り切らない。日本のスーパーで売っている春巻きの皮は正方形で、台湾のものよりやや小さいため、包んだときも少し小ぶりになる。

一晩冷凍した後、すべて真空パックに詰める。封入のコツは、できるだけ一本一本の春巻きを平らに並べることだ。もし春巻き同士の間に隙間が多いと、冷凍中にその隙間に霜がついてしまう。そうなると、ひとつは春巻きの水分が失われる原因になり、もうひとつは揚げる前に霜をきれいに削ぎ落とす手間が増える。

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