Asma NOTE

Years of rambling from a midlife otaku.

ホビー

  • ファンじゃない

    森口博子のことを知ったのは、わりと早いほうだったと思う。おそらく九〇年代初頭、高校時代に「神奇」の先輩たちとつるんでいた頃に教えられたのがきっかけだろう。いつからだったかははっきりしないが、年末になると、尖端の「神奇地帯」編集部と大然の「先鋒アニメ」編集部が合同で、カラオケボックスの錢櫃で年越しイベントを開くのが恒例になっていた。 READ MORE…

  • 日本語-黎明編

    先日、台湾に帰省した折、実家で学生時代の遺物が詰め込まれた大きな箱を掘り起こした。その中に、小学生のころからずっと封印されたままになっていた一冊のハードカバーのノートが紛れていて、その最初の数ページに書かれている内容は――おそらく、自分が日本語を学び始めた原点と言っていい。 READ MORE…

  • 巣鴨湯

    1949年の創業以来、現在まで営業を続けているこの銭湯は、外観だけ見れば決して目を引くようなものではない。東京に数多く残る、大きな煙突を掲げ、いまも薪で湯を沸かしている同世代の古い銭湯と比べると、小さなアパートの一階に入っている巣鴨湯は、どこか昔ながらの風情に欠けている。そのせいもあって、ここへ足を運んで湯に浸かろうという気分には、なかなかならないのだ。 READ MORE…

  • ブックオフ

    BOOK OFFは、海外(台湾)で育ったオタクにとって、まさに宝の山のような場所だ。定価で買えるだけでもありがたいのに、BOOK OFFではさらに3〜5割ほどが当たり前で、「100円」コーナーに入ればもう歯止めがきかない。気がつけば、手当たり次第に抱え込んでいた。 READ MORE…

  • 名を正す

    1973年、香港の児童向け半月刊『児童樂園』を通じて、「ドラえもん」は華人市場へと広がっていった。叮噹、大雄、靜宜、肥仔、牙擦仔……といった訳名こそが、私にとってこの作品との出会いだった。 READ MORE…

  • 温泉

    記憶にある温泉の初体験は、ひどいものだった。浴室は硫黄のにおいが充満した、狭くて、あちこちに黄白い硫黄がこびりついた小さな空間で、蛇口からは熱々の温泉がざあざあと勢いよく流れ出ていた。張られた湯はあまりにも熱く、入れられて数秒もしないうちに大声で泣き出してしまった。 READ MORE…

  • サウナと「ととのう」

    21 世紀初に日本を訪れた頃、サウナ初心者だった自分は水風呂に入ることすらできなかった。もちろん勇気を出して試してみたことがなかったわけではない。しかし自分にとって水風呂に入るという行為は、10 分間熱いシャワーを浴びたあと、自分の意志でシャワーの熱湯を一瞬で完全に止めてしまうようなものだった。その骨まで凍るような冷たさと、それに続く悲鳴は、想像に難くないだろう。 READ MORE…

  • マンガ表現を超越する理想像──松本大洋の『竹光侍』

    1980 年代初頭、大友克洋の『童夢』は当時のマンガ界にとって、広島型原爆のような衝撃だった。「マンガってこう描けるんだ」「マンガってこう演出できるんだ」「マンガってこんな風に物語を語れるんだ」…… 今振り返ってみると、自分が受けたのもまさにこんな衝撃だったのだろう。当時振られた作品の名前は『ZERO』で、作者は松本大洋だった。 READ MORE…

  • シレーヌ愛

    二十数年前に無理やり押し殺した儚い恋が、湯浅監督の『デビルマン Crybaby』のおかげ(せい)で、一気に爆発してしまい、再び抑えることはどうしてもできなかった。 READ MORE…

  • 結婚相談所

    ZWEI はブラック・ジャックとドロンジョをイメージキャラクターに起用した。ここ数年電通のブラック企業イメージは地の底まで落としてしまったが、彼らのクリエイティブ力や企画の統合力、実行力が依然としてトップクラスであることは、認めざるを得ない。 READ MORE…