現在「壹玖柒陸」という名で知られる香港レストランは、そのプロフィールに書いた通り、かつての「香港粥粉麺点心専家」の正統を受け継いだ後継者である。
自分にとって香港料理の原点は、ひとつは仁愛路のロータリー近くにあった「鑽石(ダイヤモンド)樓」、もうひとつは仁愛路と大安路の交差点にあった「香港粥粉麺点心専家」(うちでは「粥粉麺」と略して呼んでいた)だ。
「鑽石樓」は基本的に飲茶(ヤムチャ)がメインだったので、子どもの頃に行ったときはいつも湯気を上げた蒸籠を載せたワゴンに目を奪われ、点心以外の料理にはあまり印象が残っていない。それに「鑽石樓」はそこそこ格式のある店(かな?)だったが、それに比べて「粥粉麺」はもっと気軽に行ける店で、通う頻度もずっと高かった。
粥粉麺の点心ももちろん素晴らしいのだが、僕にとってこの店との最も深い情感的なつながりは、やはり広東粥と撈麺にある。何十年か前、粥粉麺はいったん店を閉めてしまい、そのときはしばらく気持ちが沈んでいた。その後、「1976」という名前で復活したと聞いてからは、帰国のたびに必ず食べに行くお気に入りの店のひとつになっている。
以下の二つの記録は、2017 年に母の著書『生命の川』の出版に合わせて帰国し、家族の座談会に参加した際、友人と一緒に訪れたときのちょっとした記録だ。
■ 2017/11/16
「粥粉麺に来たら、オレ的に主食は牛腩撈麺か、状元及第粥かの二択だけ。ひとりで来るときは大体撈麺が勝ってしまうけど。点心なら焼売、蝦餃、腸粉だ。」
「そう?ちょうど本場の広東粥が食べたかったの。お前はいつも通り撈麺を頼んで、オレは粥にするわ。」
「OK」(目で店員を探し始める)
隣のテーブルのお客の一人が突然立ち上がり、こちらに声をかけた:
『もう注文できますか?』(よく見ると、この若い男性は店の制服を着ている)
(びっくりして)「あ、ああ…… はい、これこれあれあれを……」
『エビ腸粉はもうないですよ、牛肉腸粉だけ……(振り向く)あれ?牛肉もない?(こちらを見る)すみません、腸粉は全部なくなりました。』
「えーーー、腸粉がないの…… うう……(独り言、目に悲しみが漂う)どうしよう……」
『腸粉、そんなに食べたいの?』(申し訳なさそうな表情で)
「そうなんですよ……」(溜息)
『よし、ちょっと待ってて。』(さっきの隣のテーブルに戻る)
(隣のテーブルの二人のお姉さんに向かって)『かくかくしかじか……』
(再びこちらを向いて)
『彼女たちがちょうど最後のエビ腸粉を頼んじゃったから、それを君たちに譲るよ!』
「いやー、そんなのダメだよ!大丈夫です、ほんとに!」(真剣)
『平気平気、彼女たちは同級生だから大丈夫、なんなら明日埋め合わせとして出前してあげりゃいいんだ、気にしないで!』
「本当に申し訳ない…… ありがとうね!(隣のテーブルに向かって)ごめんなさいね!ありがとう!」 >_<
――こうして二人のオジサンは、数量限定の腸粉を美味しくいただくことができた。

■ 2017/11/17
違う友人ともう一回、粥粉麺 1976 に行ってきた。
昨日頼んでなかった牛肉団子を頼み、メインも及第粥にした。
腸粉は通常エビが優先だが、昨日食べたばかりなので今日は牛肉腸粉にした。
これがまた絶品…… これからどうやって選べばいいんだああぁぁぁ~
最後の「酥化叉焼酥」は、プロの目からすると “酥化” の火加減はまだ頂点に達していないが、庶民の私にとっては涙が出るほど感激だった。
最後は泡立つ紅茶(L サイズ)で、ガキの頃の記憶をまるごとリロードしたようなひとときを味わった。
ってかなぜ「雅苑」という二文字に反応したんだろう? 行った記憶が全くないのに。



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