高校時代、同好を通じて「真面目」にファン翻訳アニメの録画テープを制作していた先輩と知り合った。その先輩が雇った翻訳者たちは当時屈指のアニメオタクで、セリフを一字一句までこだわるだけでなく、オープニングやエンディングの曲まで調べ上げて翻訳していた。まだ学生だった私は、字幕原稿の校正を時折任せてもらえる機会に恵まれた。インターネットが普及する前の時代、これら熱心なオタク先輩たちは、限られた、しかも即時性のない輸入雑誌の情報を頼りに翻訳の品質を守るしかなかった。
ある日、同好の友人が一本の VHS を持って我が家を訪ねてきた。どうやらある作品が突然、70 年代の洋楽を二曲、オープニングとエンディングに使っていたらしい……。オタクの先輩たちは日本語の歌には詳しく、近代日本の音楽界にも造詣が深かったが、長年培った戦闘力は洋楽には全く通用しなかった。そこで、私の母が「あの陶曉清さん」であることを知っていた彼は、母の専門知識を借りて、何か手がかりを見つけられないかと考えた。既存の歌詞がなくても、少しでも調査の方向性を示してもらえれば、無手がかりで探すよりはずっと効率がよいのだ。
VHS を再生し、前奏が終わって三行目の歌詞が出る前に、母は何も言わずに振り返り、原文の書籍をパラパラとめくって、あるページを指して「Gilbert O’Sullivan の〈Alone Again〉だね」と教えてくれた。友人は目を丸くし、慌ててテープを早送りしてエンディングを再生すると、こちらも二行も聴かないうちに、母は〈Get Down〉の曲名と歌詞のページをすぐに示してくれた……。
陶曉清さんはラジオの名パーソナリティで、多くのコンサートやイベントを率いてきたすごい方だということはもちろん分かっていた。しかし、私がまだ一歳にも満たない頃から「民歌の母」と呼ばれている母の姿は、私にとってあまりにも当然のことだった。その日、母に心から感謝しながら帰っていく友人の姿を見て、私は初めて「母を誇りに思った」という記憶をはっきりと意識したのだ(笑)。
ChatGPT 說:
小学校の頃から、周囲の人たちに「君の家っていいね~」と言われることがよくあった。この「いいね」の意味するところは、時には家にしばしば顔を出す有名人のことだったり、いつでも聴ける無料のレコードがある音楽環境のことだったりした。しかし圧倒的に多かったのは、私の家の「自由で開かれた家庭風土」に対する羨望の声であり、その言葉は社会人になってもずっと続いた。今でも初めて会う友人と少年時代の話をすると、同じような感想を耳にすることもある。
このことを、私はとても誇りに思っている。家庭の中では、私はあまり制約を受けることがなかった。もちろん、成長の過程が順風満帆だったわけではない。(比較的に堂々とわがままできる)末っ子として、何年も両親に心配をかけ、大小さまざまなトラブルを巻き起こしてきた。しかし、私の心の中で理想の両親である二人は、いつもその瞬間ごとに最大限の共感と支え、寄り添いを示してくれた。「その瞬間ごとに」と強調するのは、子として生きていく中で、母親の成長を段階ごとにしっかりと実感できるからだ。『生命の川』という作品が描き出しているのは、まさにこの数十年にわたる進化と成長の核であろう。

読んでいる最中、頭の中に浮かぶ映像は目まぐるしく切り替わった。文中に描かれた(自分が関わったことのある/ない)場面、個人的な記憶(作者の視点とは別の)、そして無数に思い起こされる、自分だけの人生経験。どの映像が飛び出しても、その瞬間、まるで心の奥深くの大切な感覚に触れるかのようだった。
一冊の本の中で、これほど多く(もちろんそんなに多くはないけれど)自分に関わる、しかも自分では少しも覚えていない逸話まで目にするのは、なかなか不思議な体験だ。一方で、自分がその登場人物から完全に距離を置き、客観的な目で物語全体を俯瞰できるか少し不安になる一方、肩の力を抜いて、母が生まれ育った環境、思春期、結婚、出産(もちろん自分の誕生も含む)、仕事、病気、そして現在に至るまでの旅路を見守ることもできる。どの局面も自分と関わり、どの転換点も「自分」を形作る一部に直接的・間接的に影響していることに気づくと、むしろ自分もこの物語の一部であることを幸運に感じ、一般の読者以上に物語の重みと厚みを感じ取れるのかもしれないと思う。
ここ数十年私が知っていたのは、「陶曉清」という名の母親だった。しかしこの本を通して、私は陶曉清という一人の人間により近づくことができた。優しく、思いやりに満ち、魅力的で、なお成長を続けるひとつの命――。これは本当に美しい一冊であり、そして私は母に感謝している。この美しさを感じ取る力を持つ子として育ててくれたことに。
『生命の川』 序文/ 人間福報(2017/11/19)に掲載

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