くまくま園(熊熊園)は、秋田県北秋田市に位置している。秋田新幹線を利用する場合は、まず角館駅で下車し、そこから秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えて約 1 時間、阿仁マタギ駅で降りる。その後、送迎バスに乗っておよそ 5 分で到着する。あるいは、長距離移動を避けて飛行機を利用するなら、秋田大館能代空港に降り立ち、空港からリムジンバスで鷹巣まで行き、そこから秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えて約 1 時間半で阿仁マタギ駅に到着するルートもある。

そんな人里離れた山奥辺境の地に、2016 年 8 月 7 日の早朝、二〜三百人もの人が集まっていた。
スタッフたちは声を張り上げて叫ぶ。
「今日は北秋田市の観測史上、最高気温を更新するかもしれません!」
「自動販売機は 2 台しかありません! 熱中症にはくれぐれも注意してください!」
「ここ、携帯の電波入りません!」
「倒れないでくださいよ! もし倒れたら救急車が来るのに 1 時間はかかりますからね!」
──こんな光景、普段ならまずありえない。
アニメ作品『くまみこ』のイベント「熊出村振興プロジェクト in くまくま園」が開催されたのは、上映会の翌日だった。7月下旬からおよそ1か月にわたって行われた展示会に、最終的にどれほどの来場者があったのかは定かではない。だが、8月7日に集まったファンのほとんどは、この日行われる原作者と主演声優(あとくまくま園の園長……)によるトークショーとサイン会を目当てにやって来たのだろう。

このイベントに参加したファンを「聖地巡礼」と呼べるかどうかは、オタクの間でも少々議論を呼ぶところだろう。というのも、これは作品の放送終了後に、くまくま園が版権元に企画を持ちかけて実現したコラボイベントであり、そもそも『くまみこ』に登場する──人里離れた “超” 田舎の──「熊出村」は、青森・秋田・山形など東北各県の地域的特徴を組み合わせて描かれた架空の村とされているからだ。したがって、どこが「本当の聖地」かを断定することはできない。
とはいえ、アニメに登場した実在の風景がファンを惹きつけ、地域に影響を与える力を持つことは、この事例からもうかがえるだろう。
「聖地巡礼」とは、本来「朝聖(しょうせい)」の意味である。この言葉の後に続くのは、本来なら「エルサレム」や「メッカ」といった地名であるはずだ。ところがいつの間にか、「聖地巡礼」と検索すると、表示される結果はどうあっても二次元の美少女たちと切っても切れない関係になってしまった。
現在、もっとも一般的な「聖地巡礼」の定義は、「アニメや漫画のファンが、自分の好きな作品の舞台として実際にモデルとなった地域や風景を訪れること」だろう。その起源をたどるのは容易ではないが、すでに 1980 年代末には、『めぞん一刻』の舞台「時計坂」のモデルとされる東久留米駅や、1990 年代初頭に制作された OVA『究極超人あ〜る』に登場した「JR 飯田線 田切駅」などが、ファンの “巡礼地” として知られていた。また、『SLAM DUNK』のアニメ版オープニングに登場する海辺の踏切も、今や世界中の観光客が鎌倉を訪れた際に必ず立ち寄る名所となっている。2002 年放送の『おねがい☆ティーチャー』の舞台である長野県木崎湖に至っては、この十数年の間に、普段は家にこもってネットでアニメを観ていたオタクたちを外の世界へと連れ出した――そんな功績を持つ場所と言えるだろう。
しかし、実際に「聖地巡礼」という言葉を全国に浸透させ、一定の体系や形式として認知されるようになり、いわゆる“巡礼ブーム”を引き起こした作品は、2007年のアニメ『らき☆すた』の放送からだと言えるだろう。

アニメ内の「鷹宮神社」のモデルとなった「鷲宮神社」は埼玉県鷲宮町にある。鷲宮町商工会は試しに、一般的なお土産店で売られるあんこ入り饅頭に「聖地巡礼饅頭」とラベルを貼って販売してみたところ、オタクたちに大好評で、あっという間に売り切れてしまった。自信を得た商工会は、角川書店に直接連絡を取り、20 件以上もの企画案を一気に提出した。その後は、公式グッズの販売にとどまらず、原作者や声優を招いた神社での「公式参拝」を開催し、商店街には「らき☆すた街灯」を設置、町役場もヒロインたちの住民票を発行した。2008 年の年始三日間の参拝者数は、前年の 9 万人から 5 万人増えると予想されていたが、実際には三日間で 30 万人以上が訪れた。この勢いは一過性のものではなく、3 年間で少なくとも 100 億円以上の経済効果をもたらしたと見積もられている。

鷲宮町商工会は「地域振興」の商業モデルとして新たな成功例を築き、日本各地の無数の小さな町や村も、この手法が使えることに気づいた。この十数年間、深夜枠で放送されるアニメ作品は大幅に増えたものの、需要が伸びた一方で、制作環境には目立った変化はなかった。
日本のアニメ文化は世界中のオタクから聖典のように崇められているが、(現場の)アニメ制作者の環境・待遇・労働量は、社会の最底辺レベルであることに変わりはない。同じ作業時間でより多くの作品を生み出すには、既存の素材を加工して使うほうが、ゼロから生み出すより効率的である。実景とアニメの融合はデジタル技術の発展でますます成熟し、インターネット社会の形成によって、同好間の情報交換や検証、拡散の速度も飛躍的に早まった。近年では、企画段階から地方自治体が関与する作品も増え、公式グッズの販売や期間限定イベントのように、放送スケジュールと無理なく連動できるだけでなく、有形・無形のタイアップ施策も、より理想的な形で作品に組み込まれるようになっている。
もちろん、現在すべての「聖地」が金儲け目的というわけではなく、既存の実景を利用してリアリティや親近感を演出する作品も少なくない。実際、「聖地」という言葉自体もすでに氾濫しており、細かい違いを気にする余裕もないほどだ。2014年の「~都道府県別~アニメ聖地数ランキング」によると、首位は東京で1418件、次いで神奈川県323件、京都183件……これでもまだ2年前のデータに過ぎない。話題作『君の名は。』だけでも、「東京四谷須賀神社」「渋谷TSUTAYA」「六本木新国立美術館」、そして「長野県諏訪湖」など、複数の聖地を加えなければならないだろう。

近年、「聖地」を運営する団体や関係者は、海外からの巡礼者にますます注目するようになってきた。そもそも「アニメは日本が誇る文化」という、国内メディアによって長年称賛され続けてきたスローガンが、多くのアニメに詳しくなかった層にさえ、この市場を無視できない状況を生み出している。ファンの立場からすれば、もちろん自分の好きな作品をより多く楽しみ、味わえる要素が増えることは望ましい。しかし、願わくばやりすぎて聖地が台無しにならないことを祈るばかりだ……。
旅飯(2016/10/26)に掲載

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