Asma NOTE

Years of rambling from a midlife otaku.

雨後のおしゃべり【中】

2019 年 6 月、『FRIDAY』に掲載された一本の記事が、日本の芸能界に大きな波紋を広げた。ある詐欺グループ幹部が設立した会社の 2014 年の忘年会に、お笑い芸人が呼ばれて出演していたという内容だった。仲介に入っていたのは、顔の広さで知られる吉本興業所属の入江慎也。参加していた芸人のうち十数名が吉本興業所属で、しかもその中には「雨上がり決死隊」の宮迫博之や、「ロンドンブーツ 1 号 2 号」の田村亮といった第一線の名前まで含まれていたことが、大きな衝撃を呼んだ。

芸人がテレビや映画とは別に引き受ける、イベントや宴席などでの仕事は、日本では「営業」と呼ばれている。だが事務所を通さずに個人的に受けたこうした仕事を、『FRIDAY』は「闇営業」と名付けた。2019 年の夏、この三文字はテレビニュースや新聞の紙面を埋め尽くし、その年の芸能部門の新語・流行語大賞にも選ばれることになる。連日の報道に押されるかたちで、同年 7 月の第 25 回参議院議員通常選挙の話題はかすみ、投票率は 50%を切る戦後 2 番目の低さを記録した、とも言われている。

明治期に創業し、すでに一世紀以上の歴史を持つ吉本興業。所属芸人は約 6,000 人以上、年間売上はおよそ 500 億円規模にのぼる。いまや全国最大級のエンターテインメント企業へと成長しているが、社員数は 1,000 人にも満たない。総務や経理などの内勤部門を除けば、一人あたりが平均して 10 人前後の芸人を担当している計算になる。

お笑いの世界で本当に売れるのは、もともとピラミッドの頂点、そのさらにごく一握りだけだ。知名度が上がらなければ、会社が手厚くサポートしてくれる余裕もない。月に何千万円も稼ぐ「選ばれし側」を別にすれば、大半の芸人はアルバイトなどをしながらどうにか生活をつないでいるのが現実だ。吉本が徹底してきた実力主義のもとでは、トップ層以外の芸人が報酬体系について意見を言える余地はほとんどない。立場の弱い芸人の中には、正式な契約書すら交わさず、口約束だけで活動しているケースもあるという。報酬の配分も、場合によっては 1 対 9 で会社側が 9 割を取り、本人の取り分は 1 割にとどまることさえある。

吉本興業の芸人たちは長年にわたり、会社の理不尽さや薄給ぶりを自虐ネタにしてきた。そのため「吉本興業は横暴でケチな会社だ」というイメージ自体は、世間にとっても決して目新しいものではなかった。だが視聴者が思いもよらなかったのは、これまで笑い話として消費されてきた「横暴さ」や「ケチさ」が、ここまで緩い制度や強い搾取の上に成り立っていたという現実だった。

「闇営業」問題をきっかけに浮かび上がった論点も、当初の「芸人が反社会的勢力のイベントに関わるべきではない」という話から、やがて「芸人と所属事務所とのあいだにある極端に不均衡な力関係」へと広がっていった。

依頼元をきちんと見極めないまま仕事を受け、結果として「反社会的勢力」の集まりに顔を出してしまったのであれば、それは当然、本人が反省すべきだろう。だが、事務所を通さずに自分で仕事を取ることは、本当にそこまで罪深いことなのか。単なる「直営業」を、なぜそこまで悪い印象の「闇営業」と呼ばなければならないのか。

こうした風潮に対し、ビートたけしは自分の番組で次のように述べている。

こういう(“闇営業” しなきゃ)食えないような状態という事務所がおかしいと思う

もっと言わなきゃいけないのは、闇営業って言ってるけど、それをやらなきゃ食えないような事務所の契約がなんだ。家族がいて食えないようにしたのは誰なんだ。だったら雇うなよ。最低保証くらいしろよということですよ。

報道の焦点は、次第に「闇営業」そのものから、芸能事務所の企業体質へと移り始めた。そしてこの時点までに吉本興業が公にしたのは、今回の件に関与した所属芸人への謹慎処分のみである(仲介役だった入江慎也のみが契約解消となった)。

ここで改めて、宮迫博之に焦点を戻してみたい。『雨上がり決死隊』は 1989 年にデビューし、この三十年で確固たる地位を築いてきた。宮迫個人も高い人気を誇っており、「自分で仕事を取らなければ食べていけない」といった状況が彼に当てはまることはまずない。五年前のあのパーティーを仕切った当事者ではなかったとはいえ、その場にいた芸人の中では最もキャリアの長い先輩だった。だからこそ宮迫は、できるだけ早く公に説明し、自らの言葉で社会に謝罪したいと考えていた。

しかし事態発覚以降、吉本興業は宮迫(および他の所属芸人)に対し「静観せよ」と指示し、独自に発言することを厳しく禁じていた。

吉本興業と宮迫博之の関係は次第に悪化し、互いの信頼もほぼ失われていった。ついに吉本興業は 7 月 19 日、宮迫との契約解消を発表し、同日正午には「宮迫引退」の記者会見会場まで用意していた。しかし、その会見は当日になって急きょ中止となる。

翌 7 月 20 日午後 3 時、宮迫博之と後輩である『ロンドンブーツ 1 号 2 号』の田村亮は、吉本興業を通さずに独自で記者会見を開いた。その日の正午、吉本もまたリリースを出し、当初は「謹慎処分」とされていた田村亮についても、宮迫と同様に即日契約解消とすることを発表した。

もちろん宮迫博之と田村亮は、会見の場で社会に向けて謝罪を行った。しかし、メディアが一気に沸騰したのはそこではなく、二人が明かした、吉本興業社長・岡本昭彦が会議室で放った一連の発言だった。

・おまえらテープを回してないやろな。

・(会見)やってもええけど、ほんなら全員連帯責任でクビにするからな。俺にはお前ら全員をクビにする力があるんや。

・在京 5 社も在阪 5 社も吉本の株主なんや、何も怖くないで。

この会見は AmebaTV で生中継され、視聴数は 1100 万回を超え、同プラットフォームの年間最高記録を更新した。この「謝罪会見」を境に、世論の風向きは完全に宮迫と田村側へと傾く。吉本興業社長・岡本昭彦のいわゆる「圧力発言」は、たちまち各方面から批判の的となった。

一気に高まった世論の圧力を受けた吉本興業は、2 日後の 7 月 22 日に記者会見を開く。しかしこの会見は、「誠意が感じられない」「質問に正面から答えていない」と厳しく批判されることになる。5 時間半に及ぶダラダラした説明は支離滅裂で、かみ合わない応答も目立った。さらに、明らかに威圧的と受け取られた発言についても「冗談のつもりだった」とごまかそうとしたことが、、かえって火に油を注いだ。一連の対応は、吉本興業の企業体質に対する社会の不信感をさらに強めた。

【つづく】

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