Asma NOTE

Years of rambling from a midlife otaku.

TOKYO Life Day 05

「TOKYO Life Day#」シリーズは、2002 年 3 月 24 日に日本に渡った初日から始めたもので、異国での “放浪記録” をなんとか残そうと意気込んで書いた日記だが、実際にはおよそ一週間ほどで途絶えてしまった。まさに「刻の涙」とも呼べるべき、恥力の限界に挑む化石文である。


ついに、外国人としてこの国で生活する不便さを身をもって感じた。よく考えれば、これは必ずしも日本人の責任だけではない。これまでの数多くのトラブルや前例を踏まえれば、表面上でも裏面でも、秩序を保つためにある程度の制限を設けるのは仕方のないことだろう……。しかし悲しいのは、いくら自分が法を守る人間であっても、結局のところ、善良な者まで十把一絡げに扱われてしまうという現実だ。

午前中は郵便局へ行き、支払うべき保険料を済ませた。その後、学校へ向かい、連帯保証人の手続きを一通り終わらせた。さらに池袋に戻り、昨日ネットでメモしておいた不動産屋を順に回ってみることにした。

最初の物件を扱う店に入った途端、なぜか少し隔たりを感じさせる「結界」のようなものがある気がした。担当者と話している間中、その壁がどこから来るのかを探ろうとしていたのだが、しばらくしてようやく気づいた。目の前の数人の営業担当は、確かに熱心にこちらの条件に合う物件を探してくれている。しかしこの店の基本的なサービス対象には外国人客は含まれていないらしく、彼らの熱心さも作り物ではないものの、その核にはサービス業として求められる「心」があまりこもっておらず、あくまで「とにかく一件でも契約を取る」という前提で動いているのだ。感じた印象は、先日お世話になった中村さんとは雲泥の差だった……。

最後、担当の田中さんに連れられて、JR 大塚駅から歩いて 5〜7 分ほどの物件を確認しに行った。外観はかなり古びていたが、内装は最近リフォームされたばかりで状態は良好。何より、すぐに入居できるという点が魅力的だった。正直、部屋の中を見た瞬間は少し心が動いた。しかし念のため、田中さんに少し考える時間をもらい、実際にここから学校まで歩いて通えるか試してみたいと伝えた……。田中さんは少し意外そうにしながらも、すぐ決めるように勧めてくれたが、私の意志が固いのを見て、結局は従ってくれた。

結局、私は大塚から茗荷谷まで歩いてみることはせず、新大塚駅手前くらいで、この物件を諦めることにした。決めた理由は二つある。ひとつは、田中さんにこの案件で実績を作らせたくなかったこと。もうひとつは、今後一年の生活スタイルを考えてのことだ。ここから学校までは近くも遠くもなく、毎日天気に関係なく自転車をこぐか、2〜3 駅分バスに乗ることになる。それなら少し遠くても、毎日電車を 1 回乗り換えるだけの方が、私にとっては便利だと判断したのだ。

池袋に戻ると、すぐに田中さんに電話をかけ、限られた語彙で自分の考えを伝えようとしたが、うまく通じなかった。それでも結論は同じで、田中さんも諦めてくれた。最後は「大体わかりました。もし何かあればまた電話してくださいね」ということで電話を切った。これで良かった。私もこれ以上田中さんに頼むつもりはなかった。

その後、別の不動産屋に向かう。最初から「外国籍の方に合う物件はあまりないです」と説明されるが、外国人向けのニーズに対応するため、独立した国際部が設置されているとのこと。場所は新宿南口周辺で、対応してくれた女性の担当者の態度も非常に誠実で、安心できた。その担当者によると、国際部の王さんは午後 4 時くらいにならないとオフィスに戻らないとのこと。行く前に一度電話しておくと確実とのアドバイスを受け、地図をコピーして住所と電話番号も書き留めてくれた(ただし後で電話番号が間違っていることに気づいた……)。私は急ぎ足で新宿へ向かった。

早めに着けば久しぶりの新宿南口をちょっとぶらぶらできるかなと思っていたが、そんな余裕はまったくなかった。道に迷って地図を探した時間を差し引くと、会社のビルの前に着いたのはちょうど四時だった。上階に上がると、王さんを無事に見つけた。王さんは中国人なのでもちろん中国語が通じるが、あいにくその時は別の客を対応中で、私の日本語能力が他の営業担当者とやり取りできることを確認すると、同僚の原田さんに私の案件を任せた……。正直なところ、少しは自慢できる気持ちもあったが、それ以上にがっかりで、ほんと、ちょっと休みながら母国語で自分の住まいのことを片付けたかった。

状況や条件を説明すると、すぐに一件の物件を提示してくれた。資料に書かれた内容や間取りを見ると、あまりにも完璧すぎて、ちょっと信じられないくらいだった……。その場でいくつか気になる点を質問し、かなり興味があることも伝えた。入居は前の入居者が 4 月 5 日までいるためその後になるとはいえ、書面上の情報だけならほぼ満点に近い物件だった。場所も確認したので、室内は見られなくても、せめて外観を見て周囲の様子を確認するだけでも意味がある。そこで原田さんは入居申込書を渡してくれて、外観を見て大体問題なさそうなら、この用紙に必要事項を記入して FAX すれば、すぐに物件を押さえてくれると言われた。

また茗荷谷まで行くことになった。この数日、本当にこの駅を行ったり来たりしている。駅から時間を計りながら歩いてみると、目的地まで十数分かかり、資料に書かれていた「八分」とはやはり少し差があった。外観は大体問題なく、周囲の環境もかなり静かで落ち着いている。唯一気になるのは洗濯場所だが、これは入居後にどうにでもなるだろう。通りを渡って振り返りながら建物を見ると、なるほど見覚えがあるはずだ。昨日ネットで外観写真を見ていたのだった。

周辺を少し歩き回り、最終的に決断を下した。確かにこの物件を待つために予定より一週間以上ホテルに泊まらなければならず、その分の宿泊代は少し痛いかもしれないが、長い目で見れば、やはりこちらの方が得だ。帰りは駅へ向かう上り坂で少し疲れたが、これまで経験したことに比べれば、取るに足らない些細な問題にすぎなかった。

駅に着くと、さっそく王さんに電話をかけ、記入しておいた申込書もすぐに会社へファックスで送った。まだ完全に安心できるわけではないが、気持ちはようやく少し落ち着いた。ほっとしたのも束の間、傘を駅の公衆電話のそばに置き忘れたことに気づき、慌てて戻る。幸いにも、ちゃんとそこに倒れて置かれていた。もし誰かに持っていかれていたら、しばらく自分を許せなかっただろう。昨日○│1丸井「マルイ」を通りかかったときも思ったけれど、この傘を選んで本当に正解だった。今のところ、日本でこれ以上優れた傘にはまだ出会えていない……。

今日は池袋に戻る時間が少し早めだったので、芳林堂に立ち寄って『廃棄物 13 号』の特集号を購入し、その後、池袋○│シティー の向かいの喫茶店でコーヒーを一杯飲んだ。そしてゆっくりとホテルまで歩いて戻った。今日は少し早めに寝ようと思っていたのだが、部屋に戻って本を読んだり、風呂に入ったり、この日記を書いたりしているうちに、気づけばもう 3 時になっていた。やはり東京に来ても牛は牛で、場所が変わっても、夜更かし癖だけは治らないらしい……。

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